カイと猫のバンコク珍道中

極貧時代 〜厨二病と無気力〜


こんにちは。カイです。

 

今回は続きです。

www.bkkneko.com

 

関東の地方都市で生まれ普通のサラリーマン家庭の末っ子として育った僕は、今思うとそこそこ恵まれてはいた。

 

それこそ今思うと世帯年収1500万円ぐらいはあった家庭で育った僕が極貧だなんて笑われるかもしれない。

 

自分で言うのもなんだけど勉強はできたし運動もできた。中学ぐらいで彼女もいたしいわゆる陰キャラではなかった。

 

でも将来の夢だけはなかった。

 

なんとなく高校を卒業して何かしら学校に通わなきゃとは思ったから、なんとなく美容学校に入学した。

大学はつまらなそうだしもう勉強だけするのは嫌だった。

 

上京して一人暮らし。家賃は4万円ぐらいだったかな?

家賃と光熱費と学費は親持ち、あとはアルバイトでなんとかなった。

深夜のコンビニ。月給20万円ぐらいは貰っていたから結構余裕はあった。

 

就職活動するようになって美容師の初任給がヤバいって初めて気づいた。笑

大体額面で10〜14万円。手取りではなく額面。

 

国民年金払って家賃払って保険や税金払ったらいくら残るのよ?

 

専門学校時代の2年間は人生で1番つまらなかった時期でもあるし1番面白かった時期でもあった。

キラキラした同級生と馴染めなかったしなんかバイトばっかりしていた。

同級生はいい奴しかいなかったし、馴染めない僕にもすごく優しかった。

 

あの頃初めて格差ってものを意識したんだろうな。

バイトしない同級生も多かったし2時間近くかけて通う人もいた。

その一方で渋谷、恵比寿、新宿なんかに部屋を借りてる人もいた。

 

だから自分の親が貧乏なのかな?ってちょっとショックだった。

今考えると親父は高級取りだったってわかるけど。ネットもまだまだ微妙だったし知るすべもなかったし。

 

学生時代は古着屋行くかタワレコ(今もあるの?)行くかレコード屋行くかぐらいしかやっていなかった。せっかく東京に住んでるのに。

 

だからつまらなかったけど1人でいる時は楽しかった。

けっこう後悔はしている。笑

 

そして就職。

 

給料は14万円。家賃は4万5千円。

年金が1万8千円。光熱費が5千円。あとは税金とか諸々で3万円ぐらい。

残り4万円。笑

 

職場までは自転車、食事は朝と夜の2食。

朝はパンで夜はパンとサラダ。1日500円ぐらい。

 

飲み物は水とお茶しか飲まなかった。人生で1番ビールを飲まなかった時期でもある。

高校の時ですらバイトしてたからほぼ毎日飲んでたし。

 

こんなんだから自由になるお金は月2万円ぐらいしかない。コンビニバイトより貧しい職種、美容師アシスタント。

 

こんな生活を3年ぐらいした。

学生時代の同期はほとんどみんな転職してたな。同じクラスで今も美容師を続けてるのは2人だけかな。(結婚して辞めた人が2人)

 

そりゃ辞めるよ。

 

他業種の友達と遊ぶ気にもならないし金が無い。地元の友達は結婚するのも早いんだけど結婚式すら行けない。祝儀なんて払えないから。

 

親に頼るのも気が引けたからなんか我慢ばっかりしていた。

 

休日は図書館に行ったり散歩したり。たまに無名パンクバンドのライブは行ったなぁ。

1000円ぐらいで1ドリンクとかだったから。

 

あの頃は本当に自分だけが世界から取り残されてるんじゃないか?って思っていた。

職場にいる時以外の存在価値がまるで感じられなかった。

 

若かったから恐怖というほどではなかったけどいわゆる「負け組」って意識はあったかな。

 

 

つづく

 

 

 

最貧困女子【電子書籍】[ 鈴木大介 ]

価格:815円
(2022/5/8 12:33時点)
感想(4件)